モルヒネ
はじめに
- 経口モルヒネは多くの進行がん患者にとり有用な治療手段である。経口モルヒネがなかったら進行がん患者の日常生活は非常に不快なものとなるだろう。しかし、経口モルヒネはがんの痛みの万能薬ではない。モルヒネの効果の限界を理解し、個々の患者をよく観察しながら、正しく使用しなければならない。
- モルヒネにより除痛が得られると、急速や睡眠が十分にとれ、よく食べられるようになり、生存期間が延長する患者が多く、適切に投与されたモルヒネが患者の死期を早めることにならない。
- 重症の肝不全では、モルヒネの代謝に影響がありうるが、中等度の肝不全では影響がみられない。
- 投与開始直後の投与量調整には塩酸モルヒネ(末、錠、水溶液)、4時間ごとの投与の方が優っているが、施設によっては最初から硫酸モルヒネ徐放錠を用いている。
おかしやすい間違い
- モルヒネの処方をためらうこと。
- 増量する代わりに、投与間隔時間を短縮してしまうこと。
- 経口投与が可能なときにも、無用な注射をすること。
- 煩わしい副作用、ことに便秘の監視を怠ること。
- 患者の言うことに耳を傾けないこと。
- モルヒネ依存を恐れること
- モルヒネを正しく使用する限り、精神的依存(乱用)が発生することはない。
- 精神的依存とは薬の特定の薬理作用を体験するために、薬を摂取することに強い欲求を持った状態、あるいは欲求のため薬を探し求め、入手しては使用し、効果を体験している状態である。がん患者にはこのような態度は見られない。
モルヒネの適応
- 〈主な適応〉痛み、呼吸困難
- 〈副次的な適応〉せき、下痢
- 鎮静を目的とした投与は、モルヒネの適応ではない。
- がん以外の末期疾患へのモルヒネ投与を考慮すべき状態が少なくとも2つある。
- 予測生存期間は長いが致命的な疾患で寝たきりの患者に、痛みや不快な症状があるとき、少ない量、すなわち5mgを、4時間ごとに投与し、痛みによる不眠があれば就寝時に、10〜15mgを投与する。身体的にも精神的にも不快度はかなり改善する
- 筋萎縮性側索硬化症患者の鎮咳や夜間の鎮静を目的とするとき
モルヒネに対する反応性
- モルヒネ投与で消失する痛み
- モルヒネにある程度反応する痛み
- 十分にモルヒネが奏効しないので、次のような鎮痛補助薬や薬以外の治療方の併用が必要となる。
- 神経圧迫による痛み→副腎皮質ホルモン
- 骨転移痛→非ホルモン性消炎鎮痛薬、放射線治療
- 体動によって生じる痛み
- 体動によって生じる痛みは、モルヒネが十分には奏効しないことが多い。これをモルヒネでコントロールしようとするとかなり多量の投与が必要になり、患者は安静にしていると眠くなってしまう。そのため投与量の調整は、体動時の痛みよりも安静時の痛みの除去に向け、バランスをはかりながら行う。
- 褥瘡による表在性の痛みにもモルヒネが十分に効かない。
- モルヒネに反応しない痛み
- 痛みがモルヒネに反応しないようにみえる場合、その理由を熟慮する。
- モルヒネに反応しない痛み
- モルヒネ投与量の不足
- 投与回数が少なすぎる
- 頓用方式で投与している
- 消化管の吸収力が衰えている(まれ)
- 心理面、社会的な面の問題が放置されたままになっている
モルヒネ製剤の種類
- 塩酸モルヒネ末
- 塩酸モルヒネ錠(10mg錠、30mg錠)
- 塩酸モルヒネ座剤(10mg、20mg)
- 硫酸モルヒネ徐放錠(10mg錠、30mg錠、60mg錠)
- 注射液
使用の基本原則
- モルヒネに反応しない痛みには、モルヒネを投与しない。
- モルヒネにある程度反応する痛みには、鎮痛補助役あるいは薬以外の治療法を併用する。
- 経口投与とする(bye the mouse)。
- 時刻を決めて規則正しく投与する(bye the clock)。
- 個々の患者の必要度にあわせた投与量を用いる。
- 予想される主な副作用である嘔気と便秘を防止する。
- 鎮痛効果をよく監視する。
経口投与開始量
- 単純な水溶液(10mg/10ml)4時間ごとに5mg〜10mg。
- 1日の服用時刻の最初を起床時(6時)、最後を就寝時(10時)とし、そのほかの時刻は、午前10時、午前2時、午後6時とする。
- 就寝時のみ投与量を2倍量とすると、患者はよく眠れ,深夜投与を必要としないことが多い。全身衰弱の進んでいる患者や高齢者では、就寝時量を2倍量とせず1.5倍量とする。
- 痛みの強さに応じて4時間ごとの量を増やしていく:5mg→10mg→20mg→30mg→45mg→60mg、必要に応じて、さらに増量する。
- 1回の投与量を多くして投与回数を少なくすると、除痛時間が長くなり便利であろうが、副作用、ことに眠気などが多くなる。
- 「4時間ごと」という原則には例外がある。次のような場合には、モルヒネの投与間隔を4時間以上としてよい。
- 高齢者(90歳以上)
- 夕方から夜間のみに痛みのある患者
- 肝不全、腎不全のある患者
- 4時間ごとの経口モルヒネで痛みの緩和が確実になったら、同量のMSコンチン錠(硫酸モルヒネ徐放剤)を12時間ごとに投与する方法に切り替えることもできる。
- 最初から徐放錠を用いる場合は場合は10〜30mgを12時間ごとに経口投与する。
- 4時間ごとの経口モルヒネとMSコンチンとを、一緒に処方してはならない。患者と介護者を混乱させるだけで、益がない。
- 嚥下困難、嘔吐の持続のある患者ではモルヒネ座剤を使用する。硫酸モルヒネ徐放錠(MSコンチン錠)を直腸内に入れても同じ効果。経口投与用の塩酸モルヒネ末を少量の水に溶いて注腸しても、同じ効果が得られる。
- 直腸内投与によるモルヒネの効力と経口投与したモルヒネの効力の比は、1〜2:1である。
薬の投与法と効果の判定
- 単純で、理解しやすく、服用しやすいものにする。
- 患者と家族には、最初の投与量が除痛に不十分かもしれないことを、話しておく。
- 投与を始めてから数日間は、投与量の増減調整が必要である。
- 最初の塩酸モルヒネ(末、錠、水溶液)が、それまで服用していた鎮痛薬ほど効果がないときには、2回目の投与量を増量する。
- 最初は、日中、安静時の痛みが軽減し、痛みに妨げられずに夜間よく眠れることを目標とする。この目標は2〜3日で達成できる。
- 最後の目標は、体重負荷時にも、体動時にも、痛みがないこととする。この目標は3〜7日で達成されるが、脊椎や骨盤に転移が多発しているときには、いつも達成できるわけではない。
- 大きな不安や強いうつ状態があると、満足な除痛が得られるまでに3〜4週間かかることが多い。
- 増量するときは、一般に50%増、少なくとも33%増とする。増量に時間をかけすぎて効果があまりあがらないと、時間が無駄になるばかりか信頼が失われる。
- 24時間後に痛みが10%以下になっていなければ、薬の服用量を50%増量する。
- 一度決めたモルヒネ投与量が、十分な除痛をもたらさなくなった場合は投与量を50%増量する。増量を1〜2回行っても、痛みが余り軽減しない場合には、モルヒネに反応しない痛みである可能性が大きい。このような患者では、治療方針の変更を考慮する。
- 治療に抵抗する痛みの背景には、心理的要因が存在していることが多い。このような患者には、十分に時間をかけて、精神面の援助を行うことが必要であり、抗不安薬や抗うつ薬の処方の必要なことが多い。
- 効果の判定
- 水溶性モルヒネ:2時間後と4時間後の2回行うのがよいが、在宅患者などでは実施できないこともある。医師が多忙な場合はチームを構成する患者、家族、看護婦が効果の判定を行う。
- 新しく処方したモルヒネを服用しても、前の薬ほど効かなかったら、2時間後に前の薬を1回分服用し、次のモルヒネ服用量を50%増とする。
- 徐放性モルヒネ、坐薬
- 次の投与直前の8〜12時間おきに判定する。増減法は水溶性モルヒネと同じ。
減量
- 4〜8週間にわたりモルヒネの増量の必要がなく、しかも完全に痛みがないまま過ごしている患者(外来通院となっていることが多い)の一般状態が比較的良好な場合、投与量を適当量減らしてみる(20〜50%量の減量がよい)。
- その結果、痛みが再発したら、投与量を元の量に戻す。
- 痛みが再発せず順調であれば、7〜10日後に再び減量する(これを繰り返す)。
- 投与間隔時間はモルヒネ水であれば、いつも4時間とし、投与間隔時間を延長してはいけない。
- 痛みがなく患者に眠気があるような時には、モルヒネの量を減らす。目的は痛みを止めて、かつ患者の意識をはっきりさせておくことにある
患者がのみ下せない時(例えば、嚥下困難や嘔吐のため)
- モルヒネの座剤
- モルヒネの注射(短期間に限る)
- モルヒネの持続皮下注入
- 嘔吐が十分にコントロールされれば、経口投与に切りかえることができる。その場合段階的に変更する。たとえば、制吐薬の経口投与への変更をまず最初に行い、翌日になってからモルヒネを経口投与に変更する。
- 注射を経口投与に切りかえる場合、モルヒネの投与量を2倍にする。2倍量が有効でないときには注射量の3倍にする。
脊髄腔へのオピオイド注入
- 主な適応は、オピオイドの経口ないし全身投与でコントロールされない激痛である。便秘や眠気等の副作用が少ない。
- 硬膜蓋モルヒネの初期投与量は、全身投与時の注射量の50%である。髄腔内投与の場合は全身投与量の5〜10%である。
- 脊髄腔へのオピオイド投与が適応となる場合は稀である。
- 死期が近づいたときにもモルヒネ投与を中止してはいけない。おもな理由は2つ。
- 痛みのある意識傷害者も痛みは感じているので、体動不穏を示す傾向がある。
- モルヒネを経口投与して数週間経過すると、身体的依存は発生しうる。そのときモルヒネ投与を突然中止すると、不穏、発汗、急に抑制がとれたための腸蠕動の増強に起因した便の失禁などが出現する。
- それまで投与していたモルヒネの1/4量を与えると、これらの禁断症状が消失する。
併用薬
- モルヒネを投与する時には、その強弱にかかわらず、何時でも緩下薬と制吐薬を同時に服用させること。
- モルヒネ投与患者の2/3は制吐薬を必要とする。前もって規則正しい間隔で制吐薬(ハロペリドール−セレネース1.5mgを直ちに、あるいは就寝時に)を服用させる。
- 緩下薬を同時に処方する。効果を見ながら投与量を調整
- 軟部組織や骨への転移による痛みの場合には非オピオイドを併用する。
- 鎮痛薬との併用は普通に行われる。
副作用
- 必ずみられるモルヒネの副作用
- よくみられるモルヒネの副作用
- ときにみられるもの
- おそくなってから出現するもの
副作用の対策
- 便秘
- 便秘はモルヒネやその他のオピオイド鎮痛薬を投与したときのもっともわずらわしい副作用である。痛みのコントロールよりも、便秘の防止の方がむずかしくなることがある。
- 便秘の予防は規則正しい下剤の使用である。モルヒネ投与の開始とともに、必ず緩下薬の適切な併用を行う。屯用方式は不可。
- オピオイドを服用している患者が緩下薬の使用を間違うと、便秘と下痢が交互に起こるようになることが多い。
- 食べていない患者でも、腸からの分泌物、粘膜表面の剥落、腸内細菌による腸内からの排泄はある。
- 少なくとも3日に1回は十分量を排便するのが原則である。3日以上、排便がない患者には、直腸診断を行い、座剤や、浣腸を考慮する必要がある。
- 詳細に排便記録をとる
- 最終排便日時
- 排便に要した時間
- 便の性状:硬い便、軟らかい便、水様の便?
- 緩下薬の量と回数
- 吐き気
- モルヒネによる嘔吐は、おもに投与初期にみられる。
- モルヒネ服用後に嘔吐があると、モルヒネが吸収されないことになり、痛みがそのまま残ってしまう。その結果、モルヒネに対する患者の信頼感が失われる。これを避けるため、モルヒネの使用法に不慣れなうちは、いつも制吐薬を併用する。
- 痛みが緩和されてきているにもかかわらず、モルヒネが減量されていないと、眠気を起こすだけでなく、時には吐き気を生ずることがある。→モルヒネの減量
- 1日に2〜3回以上嘔吐がある場合には、吸収が悪くなる。
- 最低24時間は坐剤挿入か注射を行い、その後で再び経口投与を試みる。
- 習熟すれば、必要に応じて制吐薬を併用することが可能となる。
- モルヒネ投与患者の3分の1は、制吐薬をまったく必要としないので、経口モルヒネ使用法に習熟すれば、制吐薬併用の要否を区別しながらモルヒネを投与することが可能となる。
- およその見分け方
- 予防的に制吐薬を処方した方がよい患者。
- モルヒネ投与開始前から嘔気や嘔吐のある患者
- コデインや弱オピオイド鎮痛薬の使用により嘔吐のあった患者
- 制吐薬の予防的投与の必要がない患者。
- 治療
- 1、第1選択
- まず、制吐作用のある抗精神病薬(化学受容体に作用)のいずれかを使用する。
- ハロペリドール (セレネース) 0.75〜3mg就寝時
- フルフェナジン (フルメジン) 0.5〜2mg1日2回
- チエチルペラジン(トレステン)6.5mg1日2〜3回
- プロクロルペラジン(ノバミン)5mg4〜8時間ごと
- 2、上記で嘔気や嘔吐が抑えられない場合
- メトクロプラミドやドンペリドン(ナウゼリン)の投与によって、モルヒネ投与の継続が可能となることが多い。
- メトクロプラミド 10mg〜20mg4〜8時間ごと
- ドンペリドン (ナウゼリン)
10mg〜20mg4〜8時間ごと
- 胃における内容物の停滞によって起こる嘔気と嘔吐は、モルヒネ投与患者の約5〜10%において実地上の問題となる。
- 制吐作用のある抗ヒスタミン剤を併用する。前庭刺激型
の吐き気にも有用。
- シクリジン (ホモクロミン) 50mg4〜8時間ごと
- メクロジン(ボナミン) 25mg8〜12時間ごと
- ジメンヒドリナート(ドラマミン)50mg6〜8時間ごと
- 経口モルヒネ投与中の患者の10%が違った部位に作用する2つ以上の制吐薬の併用を必要とする。
- ハロペリドールとメトクロプラミドの組み合わせは、筋緊張異常やこわばりを起こすので避ける。
- 制吐薬が効かないひどい吐き気には、副腎皮質ホルモンを試みる。
- 制吐薬に抵抗性の吐き気に、ラニチジンなどのH2ブロッカー)が適応になることがある。
- 便秘や不安が悪化要因になっていないか考慮する。
- モルヒネが合わない患者が約1%いる。他のオピオイド鎮痛薬(例:ブプレノルフィン)に変更
- 3、制吐薬の中止
- モルヒネ投与量が一定になってから約1週間後に、嘔気や嘔吐がなければ、制吐薬を減量または中止できる。
- 眠気
- 眠気は投与初期の3〜7日の間、またはモルヒネを増量した直後に生じる。投与初期に眠気がありうること、眠気があっても数日後には消失することを患者に知らせておき、その間我慢するよう指導する。眠気の苦痛な患者では、モルヒネ投与量を一時減量してから、2〜3日ごとにゆっくり増量する。
- メチルフェニデート(リタリン)を投与
- 幻覚
- モルヒネが幻覚をもたらすこと、よくある。モルヒネの開始時の投薬量が多すぎると、幻覚をおこしやすい。
- 錯乱
- 少ないけれども錯乱が起こり得る。
- 高齢の患者に起こりやすいので、ゆっくり増量する。
- モルヒネと向精神薬との併用が原因のことがある。錯乱が続くときには、向精神薬の減量を考える。
- 70歳以上の患者では、投与初期の数日間、不安定感を感じることがありうるので、あらかじめ説明しておき、我慢させておくと、消失する。
- 発汗
- 少数の患者は発汗を訴えることがあり、夜間に著しい傾向がある。
- 肝転移の患者にしばしば生じる。
- 発汗には、副腎皮質ホルモン(プレドニゾロン15〜30mg
1日3回、またはデキサメタゾン1日
2〜4mg)が有効なことがある。涼しくすること以外に有効な方法がないこともある。
- 呼吸抑制
- 痛みはモルヒネの中枢抑制作用に拮抗するので、適切なモルヒネ投与を行う限り、呼吸抑制の発生はまれである。
- ただし、モルヒネのワン・ショット注射は危険である。
- 依存
- 治療の全体像をふまえて用いる限り、がんの痛みの治療に用いたモルヒネによって精神的依存は発生することはない。
- 身体的依存は規則正しいオピオイド鎮痛薬の経口投与を3〜4週間以上続けたがん患者の大部分に生じるが、多くの患者は、死が訪れるときまでモルヒネを服用し続けるため、身体的依存が実地上の問題となることはない。
- 患者にとっては予測より長い期間生存し、その間に痛みの原因がなくなることがある。そのときにはモルヒネを徐々に減量し、退薬症状の出現なしに投与を中止できる。投与中止法は減量の項へ。